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2011/07/27

気仙沼でPCAT(Primary care for all)に参加して

8月1日からソウルに行けることになりました。
いろんな意味で、まさかこんなに早く行くことができるとは考えていませんでしたが
今はオタク精神をフルスロットルで(笑)、韓国の歴史、くらし、ハングル語を勉強中。

今年5月くらいから、どんどん内面が変化し、それに伴って流れが変わってきている気がして、
なかなか言葉や文字にならない日が続きました。
やっと消化・熟成されてきたので、旅立ちの前に、棚卸しする気持ちで綴ってきたいと思います。


最初に被災地への医療ボランティアの参加から(2011.5.22~)

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当初、災害鍼灸マッサージプロジェクトという、鍼灸師が立ち上げた団体で活動する予定でした。
名取市へ派遣、宿もバスも手配済み、後は出発するだけという状況だったのですが、
2日前に事務局から、「行き先は気仙沼、PCATに参加して欲しい。明日説明会がある」と連絡が!

「そんな急なー^^;」と言いたいところですが
被災地の状況は日々変化すると聞いていたので、急いでキャンセル処理をし、
「PCATってなんだ?」と思いながら説明会に参加すると、
日本全国と海外から集まった医師、看護師、歯科医師、理学療法士などでチーム医療を組み、
被災地を包括的に支援する活動を行うことが判明。
チーム医療、学生時代はやってみたいと思ったこともありましたが、こんな形で実現するとは・・・

丸1日かけてじっくりワークショップを行いましたが
「最高が最適ではない」、「支援者も(精神的に)被災する
「地元の医療を超えない」、「底上げ型の支援」、「災害を体験した人への対応」、「ミーティングのあり方」
などなど、事前に聞いておいてよかった・・・と思える内容で、胸を撫で下ろしました。


そして翌朝、医師2名と気仙沼入り。

余談ですが、この1週間ほど前から、自分史上最大といってもいいほどお腹をこわしてしまい、
この状態で行っても迷惑をかけるだけでは・・・という事態になっていたのですが、
今から思うと、先に相当、浄化をしていたのだとに気づきました。
被災地に着いたとたんに症状が消え、すぐに動けるからだにチェンジ!
人間のからだは本当にすごいなぁと感じました。

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任務地の気仙沼中学校。港のすぐそばの高台に立ち、海の刺激的なにおいが一面に。
最初に目に飛び込んできたのが、「自衛隊の皆さんがいるだけで安心できます」という校舎の設営。
自衛隊の第1陣が引き上げるときに、「感謝の気持ちをどうにか伝えたい」と
子どもたちが1枚ずつ持って隊員を見送り、隊員たちも涙ぐんで別れたと後から聴きました。

ふだんの暮らしで自衛隊の存在を意識する機会はそう多くありませんが、
明日、何が起きるのかわからない一番不安な時期に、
身を挺して自分たちを守ってくれる存在が、どれほど支えになっただろうと想像すると、
心の交流に、こみ上げてくるものがありました。

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スタッフの拠点になったのが保健室。
避難所のみなさん全員の体調を、保健師が確認し、毎日報告・ミーティング。
事務机で医師が診察し、看護師が記録をとり、右側に並べているくすりを薬剤師が調剤する。
体のケアが必要な場合は鍼灸師につなぐ。心のケアが必要な場合は、精神科医や臨床心理士に。

一人の患者さんを多方面からみる、とは医療職の方なら聞くと思いますが
避難所という限られた空間ゆえなのか、ここ気仙沼中学校では効率的に行われていたように感じます。

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ここが鍼灸ルーム。体育館の器材倉庫にベッド2台を設置して行いました。
正直、こんなにやりやすい環境でできるとは思っておらず、
鍼灸を学校側に認知してもらう努力をしてくださった、先発の鍼灸師に本当に感謝でした。

避難所では数少ないプライベート空間で、いつも予約は満席。

からだを拝見していくうちに、ぽつぽつと気持ちを話していかれる方、
明るく冗談ばかり話すものの、毎日来られる方、
(同室の)ばっちゃんたちのために若い自分が動かなきゃなんねぇのに
体が言うこときかなくて情けないと、バリバリになった肩・背中・腰をみせてくださるお母さん、
「昔の苦労に比べたらどってこたねぇ」と武勇伝を聴かせてくれるおばあちゃん、
無表情で興味なさげながらも、コーヒーを差し入れしてくださる治療室の近くの方・・・

今も鮮明に思い出せるかけがえのない出会いでした。
そして・・・、静かに受容することと明るい雰囲気を求められているのだと感じました。

一方で、鍼灸師が多いときには、直接、ひとりで各教室まで巡回に行きます。

ここでは、ダンボールに膝をついての治療。
その硬さに、ここで寝泊りして疲れないわけがないことを、いやがおうにも感じます。
入って欲しくない、触れられたくない、という態度の方もたくさんいらっしゃいました。
当然です。初期ならともかく被災から2ヶ月。
見ず知らずの人間が、入れ替わり立ち代りやってきて(朝から夜まで相当な人数)
居住スペースに入ってくる。プライベートが犯されると、誰だって身構えます。

ここから先は、「心」しか通じません。
一人の人間として信頼されるしかない。でも、時間は限られている。

何人にも「NO」と言われながらも
自分なりに笑顔で、かなりあたふたとしながらも、さらけだしていく。
信頼してもいいかな?とこころの扉が少し開いたとき、初めてからだに触れることができる。

「あれ? 楽になった!?」といっていただけたとき、じゃあわたしも・・・と広がる。

小心者のわたしにとってチャレンジでしたが、このプロセスは本当に勉強になりました。


<PART2 へ続く>


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樂庵 かなざわ
RAKUANのおしごと

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